おねえちゃんのブログ

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老いについて、死について・その1

 9月は3週間ほど日本に一時帰国していた。タイミング良くと言ってしまっていいのかどうか分からないが、私たち(私と娘)が実家に戻った翌日に、祖母が入院した。日本滞在中の後半は、夕方になると娘を連れて病院にお見舞いに行く毎日だった。

 うちの祖母は現在満99歳、来年の6月で100歳になる。年齢のわりに頭も体も至って元気で、8月までは自分の身の回りのことは自分でやり、自分で料理を作り、毎日買い物に行き、庭いじりもし、月に一度は俳句の会に参加していた。数年前まで、20以上も若いお友達何人かと毎月のように温泉旅行もしていたのだが、祖母よりずっと若い彼女らのほうが先に亡くなったりボケてしまい、最近は遊び相手がいなくなって寂しい思いをしていたようだ。それでも今年の春には、比較的仲の良い姪(母のいとこ)と一緒に、久しぶりに念願の温泉旅行に行ったという。「要介護度」という指標でいうと、5段階あるうちの「1」だったそうで、「99歳で1ですか?!」といつも驚かれたそうだ。
 それが、9月の頭に椅子に座り損ねて尻餅をついたことをきっかけに、一気に老いの坂を転げ落ちてしまった。ある程度の年齢になると、それまでいたって元気そうだった人がちょっとしたきっかけで一気に老け込んでしまう。まさにそれである。
 約1年ぶりに祖母の顔を見た時は、正直言って本当に驚いた。その場から逃げたくなったほどだ。去年まで、誰も実年齢を想像できないぐらい若々しく、元気だった祖母が、すっかり老け込んでよぼよぼのおばあさんになってしまっていた・・・

 転んで以来、腰や背中が痛い痛いと言い出した祖母。それがいつまで経っても良くならない。外科的な要因なら時間とともに良くなるだろうに、良くなるどころか痛みがひどくなり、ついには自力でトイレにも行けなくなってしまった。食欲もなくなり、排泄も思うようにできない。気力が萎えると、頭も一気に混濁してくるようで、急にぼけたようなことを言うようになってしまった。
 個人経営の内科や、鍼灸院にも通ってはいたのだが、あまり改善しない。何か転んだ以外の原因があるのではないかということで大きな総合病院に入院させてもらうことにした。
 私はたまたま9月は日本にいただけで、普段はもう若くない母が祖母の面倒を見ている(まぁ、8月までは話し相手になってあげる程度で、肉体的な世話はほとんど不要だったのだが)。入院してしまえば、毎日お見舞い行かなくてはならないにしても、トイレの世話も食事の世話も不要になり、留守中に何かあったら、という心配もしなくて済む。母にとっては、祖母が病院にいてくれたほうがよほど有り難い。

 そんなわけで、毎日、祖母のお見舞いに行き、その時々で状態に大きな波があることに気づいた。ある時など、目もうつろで見るからに弱々しく、何度も同じことを繰り返して聞く。「いつまでこんなところにいなければならないんだろう、早く死にたい」などと言う。食事もほとんど食べない。もう今夜にも死んでしまうのではないかと思えて、その日の夜は涙が止まらなくなって、なかなか寝付けなかった。私が小さい頃、母は仕事が忙しかったので祖母が私の面倒を見ていてくれた。よく「おばあちゃん子」だと言われた。そんな幼い日の思い出が走馬燈のようによみがえってきた。(いや、今さら、元気になってもっと長生きしてください、なんて思っているわけでは、もちろんない。本人も家族も、ぶっちゃけ、今亡くなっても何の心残りもない。人間誰でもいつかは死ぬのだから。祖母はもう十分頑張ってきたんだから、せめて最後ぐらい痛くないように、楽で、幸せでいてほしいって、それだけなんである)
 かと思うと、翌日には非常にしっかりして、母が差し入れた新聞を読んでいたりする。話の内容もいたって普通で、ぼけている様子もない。母に言わせると、そういう時は元気な反面、わがままや軽口も出るそうだが・・・
 そんなこんなで、元々基礎体力がある人だから、意外にまだまだ持つのかなぁ・・・などと思いながら、帰国を延期したところで何がどう変わるという状態でもなかったので予定通りアメリカに戻ってきた。
(続く)