幸いなことに我が家はこれまで、介護問題とは無縁だった。父方の祖母は父が幼児の頃に亡くなっているし、父方の祖父も私が2~3歳の頃に亡くなった。
母方の祖父母とは、おそらく私が3歳の頃に同居を始めた。長らく一緒に暮らした祖父は、私が高校生の頃、74歳で亡くなった。亡くなる前夜は家族と一緒に夕食を取り、普通に就寝。翌朝、リビングルームに置かれていた祖父お気に入りのマッサージチェアに座った状態で眠るように亡くなっていた。これぞ大往生。誰もがうらやむ、まさに理想的な死に方だった。
祖父は若い頃、大酒飲みで、酔っぱらって選挙の看板を壊して横須賀の海軍を首になった。仕事を紹介してもらっても、すぐに喧嘩して辞めてしまう、甲斐性なし。年取ってからは一段と頑固者の偏屈ジジイ(でも、もちろん、たった一人の孫である私には概して優しかった)。生きている間は家族にさんざん苦労をかけたが、亡くなるときは実にきれいに逝ってしまった。本当に見事であった。
以来四半世紀余、祖母は元気いっぱいに「独身生活」を楽しんできた。そして最後は、やはり祖父のようにきれいに逝ってしまうのだろうと、私は勝手に思い込んできた。
ところが最近、雲行きが怪しくなってきた。友達と楽しく遊んでいてくれるうちは良かったが、前回書いたように祖母よりずっと若い友人たちが、どんどん先に亡くなったりボケてしまう。遊び相手がいなくなり、張り合いがなくなれば、頭の働きも徐々に鈍ってくる。体だって、100年近くも使っていれば、あちこちにガタが出てくる。寂しいし、つまらないし、体は思うように動かないし、あちこち痛いし、耳は遠くなるし、だからと言って自殺するわけにもいかないし、本当に長生きも大変である。
なにがなんでも「長生き=幸せ」だと信じて疑わない、「とにかく長生きしたい」と言っているヤツを何人も知っているが、私は全力で反対する。そりゃ若い頃の状態のままで、せめて中年ぐらいの状態のままで100年も150年も生きられるのなら、長生きは幸せかもしれないよ。だけど人間の体はそんな風にはできていないんである。どんなにうまく使っていったって、どんなに健康に自信がある人だって、体のすべてが満足な状態で機能するのはせいぜい70代までだろう。
祖母のこれまでの人生は、特に、衣食住の心配もなく、好きなことを自由気ままにやって生きてきた晩年は、幸せだったと思う。そのまま、幸せな状態のままで、いつの日かあっさりと、静かに旅立ってくれるのだろうと、私は勝手に思い込んでいたのである。何の根拠もない、実に身勝手な話だが、そう信じていた・・・
(続く)