9月の訪日以来、寿命とか、死とか、老いとかについて、気がつくと考えてしまっている毎日だ。
どうやら祖母は、21日についに退院するらしい。もう2ヶ月前のように自分で歩いたり、自分で自分のことをしたりできるわけではないので、電動ベッドやポータブルトイレをレンタルしたり、ケアマネージャーやら相談員やら市役所の調査員やら、あちこち連絡を取ったり各種手続きをしたり、母はいろいろと大変である。忙しいところにしつこくあれこれ聞いても、と思うので、土曜日に久しぶりに母が送ってきたメールに書いてある範囲のことしか分からないが、他のことを何もする暇がないほど大変であろうことは容易に想像がつく。
これでいざ祖母が帰ってきたら、おそらくもっと大変になるのだ・・・
母だって残り時間は、長くない。自由に動き回れる体力がある残り時間は、本当に短いだろう。それなのに、祖母が帰ってきたら、おそらく介護に翻弄されて自分のことはなにもできなくなるのだ・・・。趣味だった各地でのウォーキングにも、日帰りですら行けなくなるだろう・・・
先のことは誰にも分からないが、もしや在宅介護状態が長引くようであれば私が定期的に日本に手伝いに帰るから相談してくれと、返信メールに書いた。
本当に、長生きってなんなんだろう? ある程度の長生きは、ある程度健康であればそれなりに幸せかもしれない。しかし、周囲や社会に財政的精神的肉体的負担をかけながら、本人すら望んでいないのに、生きている状態って、一体なんなんだろうか・・・
その人の持つ「寿命」・・・? その人の運命?
一方で、誰もが死んでほしくないと望んでいるのに、若くして(幼くして)亡くなる人もいる。なんでそういうことになるんだろうな・・・
ある程度長く生きて、そろそろ体もガタがきて言うことを聞かなくなってきて、もういいかな・・・って思ったら、楽に安らかにきれいに、自分の意志で人生を終わらせることが、どうしてできないんだろうねぇ・・・。いや、決して自殺という意味ではない。人生というものが、そんな風に尊厳を持って自分の選択で終わらせることができるものであればいいのになぁ・・・と、現実には絶対に不可能なことを漠然と考えているのだ。
・・・まったくもって、何の解決にもなっていない。誰にもどうにもできない問題を、考えてもどうにもならないのに考えずにいることもできず。しかしながら、どうすることもできない。自分は、まったくもって、絶望的なほどに無力である・・・