先月下旬、長らく施設に入っていた祖母の姉が老衰で亡くなった。あと5日で満105歳になるというタイミングだったとか。98歳で亡くなった北林谷栄について、寺尾聰が「残念と言うより、やっと上で仲間と会って・・・(後略)」などとコメントしていたが、まさにそんな感じ。お子さんたち、お孫さんたちも、さぞやほっとしていることだろう。
うちの祖母はと言えば、来月で満100歳になる。頭の状態にはかなり波があるようだ。施設に入って職員などいろいろな人と話すせいで脳が活性化されてボケが改善してきたかな、と母が感じるほど状態がいい日がある一方、先日は面会の終盤になっていきなり母に向かって「あんた誰だっけ?」と言ったとか。この話には、かなりショックを受けた。施設でただ寝て食ってまた寝て、たまに散歩に出るぐらいで大して楽しいこともなし、記憶もうつろ、特に最近のことはほとんど覚えられない、おまけにいつも体はだるくて腰や背中が痛い。そんな状態になってまで、どうして生きていなければならないのか? 罰なのか??? なんか、そんなに悪いことしたか???
さて、生き残った唯一の同世代、仲の良かった姉が亡くなって、祖母もさぞや衝撃を受けているかと思いきや、もうそんなことはどうでもいいらしい・・・。祖母の姉は電話魔で、耳が遠くなる前はしょっちゅう祖母に電話してきて長話をしていた。数年に一度だが、一緒に旅行にも行っていた。確か姉が90前後の時にも、2人で旅行に行ったはずだ(姉との旅行はそれが最後になった)。そんなに仲の良かった肉親が亡くなっても、何の興味も示さないなんて・・・。祖母の魂はすでに肉体のくびきから放たれ、自由に空間を漂っているに違いない、そんな風に考えなかったらやっていられない。
今の祖母の興味は自分のことだけ、それも「○×が痛い」「だるい」「なんでこんな思いをしなくちゃならないのか」「早く死にたい」と、ネガティブなことばかり。自宅にいた時より楽になったとは言え、週に3日も施設に通って着替えやおやつを届けたり話相手をしている母も、感謝の一言もなく(まあ、ボケ老人とはそういうものらしいが。一生懸命世話をしているのに近所に自分の悪口を言われて殺意が湧くとか、よくあるみたいだし)、代わりに愚痴ばかり聞かされたのではたまらない。そりゃ確かに母や私だって、「どうしてそんな思いをしてまで生きていなくちゃならないのか」と思うし気の毒だと思うけど、殺してあげるわけにはいかないんだからしょうがないじゃん。そんなどうしようもないことばかり言われては、やってられない。直接聞かされる母は、さぞやストレスが溜まっていることだろう。
100歳でスキーを楽しんだ三浦さんとか、先日テレビで見た100歳で現役詩人の人とか、そういう人はまあ長生きして幸せと言えるだろうし、少しでも長く生きたい(生きたかった)かもしれない。でも施設に入っているような、日本全国何万人(何十万人?)の高齢者は、なにかの罰で死ねないのか?!と言いたくなるようなケースがほとんどだろう。まあ、それを言ったところでどうにもならないし、状況は何も変わらないんだけど・・・
全員ではないが、大多数の高齢者とその家族にとって、長生きは不幸以外の何物でもない。スイスでは認められている重病者の安楽死、世界中の先進国で認められるべきだと思うし、高齢者にも認められてもいいと思う・・・