おねえちゃんのブログ

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いよいよ最後

 いよいよ実家で最後の朝になった。泣いても笑ってもこれが最後、おそらくこの家に足を踏み入れることはもうない。
 相変わらず何時に寝ても規則正しく(?)5時前後に目覚める日々。早くアメリカに帰って普通に7時まで寝たい。
 夕べ、最後の「ジモティ」に最後に残ったちゃぶ台を引き渡した際、お礼にペットボトルのお茶をもらった。それも2本も。しかも900ml・・・半日でそんなに飲めないし、液体は搭乗エリアに持ち込めないし・・・。仕方ない、今日、空港までレンタカーする際、レンタカー屋の人にでもあげるか。
 ・・・ってか、なんだかんだでなにげにあるこの荷物、全部、スーツケースに入るだろうか? 入ったにしても、重量オーバーしないだろうか? 夕べ調べたら、多少オーバーしたぐらいなら1万円の超過料金で済むそうで、いざとなったら払うしかない。もう「次回」はないからね。また今度持って帰ろうというわけにはいかないから、金払ってでも持って帰る。機内持ち込み用のボストンバッグはすでにパンパン。後は意地でもスーツケースに入れなくては。
 実のところ、大したものが残っているわけではないが、ここまで残したんだから持って帰るしかない!

 昨日、母の共同墓地にお参りして、実家が片付いた報告をしてきた。
 6月に納骨の際、1回行っただけなのに、霊園の人が私の顔を覚えていたのには驚いた。名前も何も言っていないのに、母の知人がお参りに来たことを教えてくれたのだ。よくも1回見ただけの人の顔を覚えているものだ。実は隠し撮りでもして顧客写真アルバムでも作っているのでは?!と疑いたくなる。特殊能力というか、探偵とかスパイになれるね。
 大きな共同墓碑の前にお花を供え、心の中で母に報告をする。そんなことしたって、母はもう消えてしまったのだ。死んでしまった人に何を言ったって、もう伝えられない。生きている人間の、単なる自己満足だ。それでも、残った人間は生きていかなければならないから、自己満足でも何でも、少しでも気が楽になりたくて、気の済むようにやるしかない。
 墓碑の横の大きな石版には、一緒に眠っている(あるいは、これから眠る)人たちの名前が彫られている。墓地を買った時点で名前の横に誕生日が彫られ、納骨されると命日も彫られる。母の名前の横に真新しく彫られた命日のくぼみを指でなぞっていたら、ふいに泣けてきて自分でも驚く。
 このこじんまりとした、住宅街の中に唐突にある、お花がたくさん咲いて明るくてきれいな霊園で、どうぞゆっくり眠ってください。

 さてさて、がんばって荷造りするかな。最後の燃えるゴミもまとめなきゃいけないしね。
 そしてアメリカに帰って、早く自分の生活に戻ろう!!!